彼女には駆け出す準備が既に出来ていた。ライブの時に素足で演奏するのはこの為だろう。玉田豊夢と山口寛雄が持ち込んだ強烈なアイデンティティに背を押され、小谷美紗子は駆け出した。強い眼差しで。前を向いて。不敵に。
素晴らしい! 本当にすっげぇアルバムが出来たね!
もはや俺がどうこう言えるレベルではないので、手紙を書いてみました。
この前、会ったばっかなんだけども(笑)。
「生」と「死」。
今回のアルバムの曲にはこの2文字がとても印象的に用いられているよね。
美紗子ちゃんの歌詞も、俺の詩もリアルだからさ、
この数年、100sのメンバーと美紗子ちゃんと、
幾夜と知れず話した貴重な時間を思い出します。
お互い、いろいろあったもんねぇ。
お互い、と言えば、お互い10年選手ですな!
正確に言うと、美紗子ちゃんの方が先輩なんですけども。
美紗子ちゃんに初めて会ってからもう5年くらい経つんだもんな〜。
でもさ、俺らって、きっと、何年やっても、
始まることにワクワクして、終わることに立ち向かって行くんだろうね。
お互い、じいさんばあさんになってもさ、
部屋飲みでさ(笑)、どーしょーもない事でも話してさ、
音楽していこうね。
んじゃ、また、次の会の名目を決めましょう!
ますます、才能絢爛継続中である。
ぼくから見るにある時から、より一層オーセンティックなスタイルへ進み始めた彼女の音楽は、それまでの氷山の一角の下、つまり海面下に広がるスケールの大きさが海面に顔を出すがごとくに感じられるものと言い切れる。
本人にとっての真実の音楽を、それまでの活動の経験を、望む望まずに関わらず踏まえた上で実現できるかどうかは、ある程度のキャリアを積んできたアーティストにとっては避けて通れないものなのであるが、彼女は確実にそれを成し遂げている。
そして、最近感じるのは、衝撃的なデビュー時の彼女の音楽に秘められていた沢山の胞子は実は今、次々と実を結んできているのではないかというところだ。
彼女の才能はもはや「可能性」の域ではない。